Ｆａｔｅ／ｓｔａｙ ｎｉｇｈｔ − ショート・ショート・ストーリー
『衛宮士郎と遠坂凛のバカップル日記
−あくま、士郎と共に海水浴に行くのこと−前日譚』
【付記】「あかいあくまスレ」の#198氏＆#207＝#216氏に転載許可を頂きました。感謝ですm(_)m。
【遠坂凛視点】
「なぁ遠坂、一緒に水着買いに行かないか？」
「なによ、いきなり」
「いや、弓道部の連中と海に行く事になってな、去年のがきつくなってたんで一緒に買いに行こうと思ったんだが」
私の戸惑いを無視して語りだす綾子。
どこがきつくなったのか気になるが、何だかむかつく結果になりそうなので黙っておく。
大体、「買うのに付き合ってくれ」ならともかく、何故「一緒に買う」になってるのよ？
２月以降、余計な出費は極力抑えてるってのはこいつなら気づいてそうだけど…
私のそんな考えを無視して話し続ける綾子。
「で、どんな水着を着てくかって話になったんだけどさ、水着の話になったとたん、
桜が力説するんだよ。すっごい気合入ってたぞ。
「あれならば、遠坂先輩に無い私の魅力に、先輩も気づいてくれるはずです！」って燃えまくってた。
ありゃぁ、相当のものを用意したと見たね。本気で勝負を仕掛けるつもりなんじゃないか？」
う、それはまずい…。服を着てればまだしも、水着になれば桜の胸の破壊力は数倍増すはず…。
容姿で桜に負けるとは思ってないけど、胸だけはどうやったって勝ち目がない…
「だからさ、遠坂もそれに対抗するべき武器を買っておいた方が良いんじゃないの？」
確かにそうかもしれないけど…。水着姿だと余計桜との差が目立っちゃうような…
そもそも、水着姿以上のものを士郎には見せちゃってるし…
しかもしょっちゅう…って、なに考えてるんだ私は！
「な〜に躊躇ってるのよ。いい？ 男ってのはねぇ、普段見慣れない姿にときめいちゃうものなのよ。
特に衛宮みたいな純情タイプはね。そういう所を攻めないなんて、女として失格よ？」
酸いも甘いも噛み分けたような口調で男論を打つ綾子。
私に賭けで負けたくせに、何言ってるんだ。
大体、士郎は純情に見えて結構ケダモノよ？
でも…綾子のいう事にも一理ある。あいつは私のちょっとした仕草や、服装の変化で面白いくらい照れてくれる。
いつか髪の毛をアップにした時なんて真っ赤になってたっけ…。そういう所が可愛いのよ、あいつは。
水着姿を見せたらどういう反応するかな…。なんだかすごい楽しみ…
良し、決めた！
「判ったわ、綾子！」
この遠坂凛が妹との勝負を逃げるわけには行かないわよ！！
「言いだしっぺである以上付き合ってもらうわよ。これ以上はないってくらい、最高の水着を選んでもらうからね！」
「よし、それでこそ遠坂だ！ 私にまかせなさい！」
見てなさい、士郎！私の水着姿で完膚なきまで悩殺してあげるから！！
桜！女の魅力は胸じゃないって事を思い知らせてあげるわ！！
なんだか、綾子に乗せられた気がするのは気のせいかしら…？
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「海水浴、ですか？」
「そ、弓道部の友達に誘われてね
三年生が引退するからその打ち上げにって」
「それで私に水着の見立てを手伝って欲しいと……
別にかまわないのですが、私の意見が参考になるとは思えないのですが。」
「いーの、この際だから使える武器は全て使うわ
いい？ 今度の日曜日の買い物はセイバーも付き合うこと！ 」
「……はぁ、判りました。
どうせ断ったところで凛ならば引きずってでも連れて行くことでしょうし。
ちなみに、その海水浴には私も同行するのですか？ 」
「当たり前でしょ！セイバーも行くに決まってるじゃない。
だから日曜日の買い物はセイバーの分の水着も選ぶからね。」
【セイバー視点−水着を買う当日編】
「良かったのですか？ あのようなことを云って出てきて？」
肩で風を切って颯爽と前を行く凛に、わたしはおずおずと問いかける。
「いいのよ。こういうのはね、当日になって驚かせてやるから面白いのよ！」
「いえ、そのことではなく、
『今日はセイバーとのデートなんだから、士郎はついて来ちゃ駄目よ！』
と云ったことです。
シロウのあの、捨てられた子犬のような目が脳裏から未だに・・・」
荷物持ちとしてでもついていくと粘るシロウを、凛は容赦なく切り捨てた挙げ句、セイバーとのデートを邪魔しないで、とまで云いきった。
仮にも恋人にそんなことを云われては、シロウでなくても落ち込んで当然だろう。
「わ、わたしだって女の子なんだから、偶にはあいつを焦らしてやりたいって思うじゃない！」
「はあ、そのようなものですか。男女の機微とはやはり難しいものですね」
普段は明晰この上ないマスターである凛は、ことシロウとのことになると理不尽になる。
・・・そう云ったところが、“男女の機微”というものなのでしょうか？
「いい、セイバー？ こういうのはね、難しいからこそ、燃え上がるものなの。
もっとも朴念仁の士郎相手だと、よっぽど気合いを入れないと空回りしちゃいそうだけど。
ともあれ今回はわたし公認！
二人して士郎を思いっきり悩殺するような水着を選ぶわよっ！」
「な!? なな、なぜわたしまでシロウを、その、の、悩殺する水着など・・・」
いきなりとんでもないことを云われて、一瞬で顔に血が集まってきてしまう。
しかも他ならぬ、あなたがそれを云いますか、凛!?
「口答え禁止！ さあ、水着売り場に行くわよ！」
凛は私の手をひくと、そのまま駆け出さんばかりの勢いで、前方の水着売り場に突進していった。
【衛宮士郎視点】
「何なんだよ、ッタク！」
遠坂とセイバーがデートとかで家を出てから一時間ほど経った。
流石にあそこまで強くついてくるなと言われるとちょっとショックだ。
「はぁ……」
何だか微妙に気分も晴れないまま洗濯物をかたづけている俺。
気を紛らわす為に家事をこなし続けるのって正直男としてどうなんだろうな……
「やっほー！士郎ー」
人が落ち込んでいるというのにこの脳天気きわまりない声は間違いなく虎。
まったく、何故に日曜日の朝っぱらから飯くった後に我が家でゴロゴロするかな、この失格教師は……
「何だよ藤ねぇ」
「あのさぁ、弓道部のみんなで海に行くことになってるんだけど
あれって士郎も行くのよね？」
「ん？ 海って……この間美綴が言ってたやつか
いや、俺が行くみたいな話にはなってなかったような気がするが」
確か話は聞いたが誘われてはいなかったはず。
まぁ確かに桜が何か言いたそうにしていたような気がするけど……考え過ぎか？
「あれ？ おかしいなぁ
桜ちゃんもずいぶん気合い入れてたし
美綴さんも遠坂さん誘うって言ってたし
士郎も当然来る物だと思ってたけど」
遠坂も？ 聞いてないぞ……
って今日の買い物ってもしかして？
「まぁ、いいや！ じゃぁ士郎も来ること！
士郎はちゃんと水着持ってる？」
「俺も行くのか？ いやまぁ遠坂も行くのなら……
水着は、えーと……水泳の時間使ってた奴なら一応持ってるけど」
まぁ、あんまりこだわる物でもないだろう
今時海パンに名札が入ってるのが少しアレだが……
とか思ってたら虎が吠えた
「はぁ？ なにいってんのよ士郎
女の子があれだけ気合い入れてるのに男の子も気合い入れずにどーすんの！
ヨシ！ 組のみんなに見立ててもらうから士郎も来なさい！」
「うわ、っとちょっと待て藤ねぇ、いいって別に！」
「もぉ、つべこべ言わずについてくる！ 」
【美綴綾子視点】
約束した刻限通りに遠坂はやってきた。
可愛いお供の女の子――セイバーをひき連れて。
流石は親友。本能的に私の目論見を看破しているようだ。
遠坂本人も私に対しては認めているけれど、彼女は極端なまでに負けず嫌いだ。
でも同時に彼女の中にひどく臆病なところがあることにも、私は気付いていた。
本当に一瞬だけ垣間見せる“遠坂凛らしくなさ”。
その正体を私が理解し得たのは、遠坂が衛宮と付き合っていると知った後のことだ。
どちらが先に男を作るかだなんて、女学生らしい他愛のない勝負。
それでも遠坂なら勝ち誇って私に勝利宣言してくるかと思いきや、なかなか切り出して来なかった。
端から見ているだけで二人が付き合っているってことは丸わかりだったにもかかわらず、だ。
しかもどうも当初は衛宮に口止めしていた節すらある。
ま、それを愚直なまでに守りすぎた衛宮に遠坂の堪忍袋の緒が切れたお陰で、晴れて交際宣言となったわけだけど。
その一連の経緯の中で、私はなんとなく遠坂の臆病さの正体に触れた気がした。
大切な物を失いたくないから、手に入れたくない。
大切な物を手に入れたいけれど、失いたくない。
そう、きっと遠坂は気付いていない。
彼女がここ一番で失敗をやらかすのは、それによつて得た物を失うことを心の何処かで畏れているからだってことに。
ここのところは、まさに衛宮と正反対だ。
遠坂に対してほど、私は衛宮の心を踏み込んで理解できていない。
だけど衛宮は、求めても求めても手に入れられないものを得る為に生きているってことだけはわかる。
アイツの極端な自我の薄さはそれの裏返しなんだろう。
だから、こんな正反対な二人だからこそ、きっと互いに埋められる物があるんだろうって思う。
遠坂と付き合いだしてからの衛宮の姿を見ｗｅると、正直「・・・ちょっと惜しかったかな」という気もするけれど。
とりあえず、こんなワケで今回は柄にもなく恋のキューピットを務めてみようと思ったわけだ。
衛宮は前日にでも強引に桜を利用してでも誘えば否と云えないだろうし。
ふっふっふっ、ライバルが増えれば増えるほどムキになるのが遠坂凛って女だ。
妙なことをうじうじ考える前に、あの二人に既成事実さえ作らせてしまえばＯＫだろう。
よーし、一丁気合いを入れて、朴念仁の衛宮でも夜まで火照りを抑えきれないような水着を選んでやろう！
【衛宮士郎視点】
「この店の男性用水着、なんでこんな“偏った趣向”のものばっかりなんだよ!?」
周囲には女性客か、カップルしかいない店内を再確認してから俺は叫ぶ。
「そりゃあ、ここ、基本的に女の子向けの水着店だもの。
男の子の水着は一緒に海に行く女の子と釣り合いを取ったり、女の子を引き立てる為だけのものだし」
「だからって、藤ねぇとのペアの、虎柄水着ってのは勘弁してくれ。
・・・ううっ、俺、こんなのを着てるところを知り合いに見られたらもうお婿にいけないぞ」
自嘲するように呟く俺に、藤ねぇはとんでもないことを云ってくる。
「ん？ もし士郎がいき遅れたら、大丈夫。
わたしがちゃんと責任を取って士郎をお婿さんにしてあげるんだから」
「なっ!? なっ、なっ、なっ・・・何を云ってるんだよ！」
思わず声を荒げてしまったけど、それ以上に俺の反応に取り乱したのは藤ねぇの方だった。
一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、今した発言を取り消そうとするかのように、虚空に大きく手をかき回す。
そしてそのまま顔中真っ赤にしながら振り下ろされた藤ねぇの手は、俺の背中を直撃し・・・
「えっ？」
不意打ちで思いっきり背中を叩かれた俺は、そのまま突き飛ばされる。
必死に踏ん張ろうとしたけれど、身体の抑えが効かないで前方へ突っ込んでしまった。
だけど俺の身体は次の瞬間、柔らかいモノに包み込まれ、何故だかブラックアウトを起こしてしまう。
「!?」
何かの布に絡まったのだとようやく気づき、慌ててそこから抜け出した俺が見たのは、
―――出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、均整が取れた女性のしなやかな裸身。
うん、遠坂の身体は本当に綺麗で、慎ましやかな胸も趣があるけれど、これにもまた違った魅力が・・・
って現実逃避をしている俺を、否応なしに現在直面している事態に引き戻したのはその子が漏らした呟き。
「え、衛宮？」
「み、美綴、か？」
聞き慣れたその声で、俺はようやく目の前の裸の女の子の正体に気付く。
「ス、スマン！」
殆ど光速に等しい速度で試着室から抜け出し、そのまま回れ右をした俺を待っていたのは
「・・・シロウ、あなたはこんなところで一体なにを？」
「・・・衛宮くん、何か言い残したいところがあったら今のうちに訊いておくわよ」
騎士王の底冷えする視線と、あかいあくまの天使のような微笑み。
「・・・・・・・・・・・・・・」
一拍遅れて店内に響き渡った美綴の悲鳴が、俺を更なる窮地に追い込んでくれた。
【しばし時は遡り・・・】
「うん、やっぱりこの白のワンピースが一番ね！」
「元の素材がこれだけ良いと、水着はシンプルが一番っていう見本みたいなもんだな」
「・・・なっ！ それでは何の為にあれほど試着を繰り返したのですか!?
そもそもこれは、わたしが最初に選んで試着した水着ではありませんか！」
珍しく顔を真っ赤にして怒りを露わにするセイバー。
この小一時間、殆ど二人の着せ替え人形にされ続けた故の、当然の抗議だ。
少女と少年の性徴の端境的な部分を全面に出したセパレーツ。
コケティッシュな葉っぱ＆花柄のワンピースや水玉ビキニ。
イチゴのワンピースに、葉っぱ型のパレオ。
カラフルなフラワータンクトップのビキニ。
この辺りまでは大人しく着せ替え人形を演じていたセイバー。
しかし、二人の選ぶ水着の布の部分の面積が徐々に狭まりはじめると流石にセイバーも抗議の声を上げる。
すったもんだの挙げ句、セイバーの水着は結局セイバー自身が最初に選んだ、白のワンピース型に落ち着くこととなった。
「さてと、じゃあ本日のメーンイベントである遠坂凛嬢の水着選びを始めようか！」
「ちょっと！ 元々今日は綾子の水着を選ぶためでしょ？ だったらわたしより先に・・・」
態度を一変させて慌てて叫ぶ凛に、綾子は不思議そうに云う。
「私？ あ、私なら遠坂達が来る前に目星を付けておいたから、後は試着してみるだけよ。
だから安心しなさい。遠坂のためにじっくりと、衛宮好みの水着を見繕ってあげるから」
「・・・は、謀ったわね、綾子！」
「遠坂。君は良い友人だけれど、君のうっかりスキルな家系がいけないのだよ」
勝ち誇ったように云う綾子に・・・凛は殆ど条件反射だけで叫び返す。
「ああ、分かったわよ！ こうなったら士郎を思いっきり悩殺するような水着を選んでやるわよっ！
セイバー、その辺にある水着、片っ端から盛ってきて頂戴！」
「よ、よいのですか、凛？ この水着などは・・・布というより紐に近いのですが？」
「こうなったらとことんやってやってやるわよ！ 見てなさいよ、綾子！」
【遠坂凛視点】
「お買いあげ、有り難うございました」
いかにも微笑ましいっていう感じの店員さんの笑顔が、消耗しきったわたしに追い打ちをかけてくれた。
「あー、楽しかった。ま、落ち着くところに落ち着いたって事か」
事の元凶はわたしの肩をばんばん叩きながら、笑いを必死に押し殺している。
あろうことかセイバーまで、我が子を見るような優しい眼差しをわたしに向けていた。
「綾子、貴女ねぇ・・・覚えていらっしゃい！」
片っ端からわたしが試着を繰り返している間中、
「それじゃあ、全然セクシーさが足りない」だの、
「わざわざ桜と真正面から対決して玉砕する必要はないんじゃない？」だの、
「衛宮を挑発するのはいいけど、そこまで露出が多いとその前に鼻血でも吹きそうだ」だの、
果ては「いっそスクール水着とかの方がピンポイントに衛宮のツボを刺激するかも知れないぞ」だの綾子は本当に好き放題云ってくれた。
勿論、それが親愛の情からでたものだってことは分かってるけど、それでも逆襲しないではいられない。
「じゃあ、見せて貰いましょうか？ 男日照りの美綴さんが選んだ、男を誘う水着とやらを？」
だけど綾子はそんなわたしの皮肉を「ああ、いいよ」と軽く受け流し、試着室に入ってしまう。
むっ！
なんだか今日はずっと綾子のペースに乗せられっぱなしで面白くない。
こんなことならいっそ士郎を連れてきて、からかいながら目の前で選んだ方が良かったかも？
いやいや最近昼間はともかく、夜は士郎にいいようにされっぱなしなんだから、たまには逆襲してやらないと、女が廃るってものだし・・・・
「えっ？」
わたしの目の前を、赤い髪をした人影が通過していく。
あまりの唐突さに、わたしも、傍らにいるセイバーさえも止める暇もない。
その人影はまっすぐ綾子の入った試着室に飛び込んでいって、そして・・・
「・・・凛。ま、まさか今のは？」
セイバーがそんな驚いた声を出すって事は、いま目撃した光景は・・・わたしの幻覚でも何でもないってこと？
「え、衛宮？」
「み、美綴、か？」
試着室の中から聞こえてきた声もきっと・・・幻聴だったりはしないんだろうな。
「ス、スマン！」
そう叫びながら回れ右をして飛び出してきた人影の前に、わたしたちは仲良く立ち塞がる。
「・・・シロウ、あなたはこんなところで一体なにを？」
「・・・衛宮くん、何か言い残したいところがあったら今のうちに訊いておくわよ？」
わたしは自分でも惚れ惚れするような、とびっきりの笑顔で士郎を迎えてやる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
女性物の水着ショップで、痴漢の現行犯を取り押さえられた士郎に当然言い訳の余地なんてない。
綾子の悲鳴が上がると同時に、わたしは右手を挙げ、
そのまま士郎に向かってガンドの一撃を・・・・・・
【衛宮士郎視点】
海へ行く前夜になっても遠坂の機嫌は直らなかった。
セイバーがいてくれたお陰で大破局は免れえたものの、あれ以来、遠坂という活火山は噴火寸前の状態で、とりつく島もない。
明日は早めに出発と云うことで、今日は桜も遠坂も泊まりに来ている。
これを機に和解を、という俺の思惑は、無言で夕食を食べ終えるとそのままいつもの客間に引き込んでしまった遠坂を前に木っ端微塵にされてしまった。
「・・・遠坂、起きてるか？」
深夜、皆が寝静まった頃を見計らって声を掛ける。
「・・・もう寝てるわよ」
にべない返事が返ってくるけれど、俺は構わずに部屋の中へと入る。
俺の来訪を予想していたのか、遠坂は普段着のままベットに腰を掛けていた。
だけど予想していた抗議の声は・・・あがらない。
「スマンっ、遠坂」
俺は改めて頭を下げる。
少し不条理だと思わないでもないけれど、女の子の裸を見てしまったのは事実だし、それに・・・。
「・・・もう別に怒ってないわよ」
「現に怒ってるだろ？ 俺に至らない所があるなら遠慮なく云ってくれ。でないと」
その先はちょっとだけ云い躊躇ったけれど、俺は思いっきって正直なところを告白する。
「俺、初めて行く遠坂との海水浴の思い出を大切にしたいんだ。
だから、云いたいことがあるのなら、なんでも・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺の言葉に顔を真っ赤にして俯いた遠坂が、信じられないようなか細い声で呟く。
「・・・美綴さんの裸、見たんでしょ？」
「だから、アレはあくまで不可抗力であって」
またこの問答の繰り返しかと思ったら、遠坂の話はとんでもない方向に展開する。
「・・・わたしと綾子を較べてみて、がっかりしたんでしょ？」
「はっ？」
遠坂が何を云っているのか本当に理解できなくて、間の抜けた声を出してしまう。
そんな俺の反応が癇に触ったのか、遠坂はいつものがーっと捲し立てるような勢いに戻って、激しく言い立てる。
「悪かったわね、って云ってるのよ！
綾子と違ってわたしの身体、全然女の子っぽくないでしょ？
だから士郎をがっかりさせた、と思って落ち込んでただけよ！」
「・・・・・・・・・・・・・」
なんだか、こう、頭を金属バットで殴られたような衝撃で言葉が出てこない。
それでも再び落ち込みかけている遠坂を目の当たりにしたら、何か云わないわけにはいかなくて。
「なななななななっ、なに云ってるんだよっ！」
叫んだ後で今が夜中であることを今更思い出し、慌てて口を押さえる。
「そ、そんなワケあるかっ！ 遠坂の身体は綺麗だし、柔らかいし、温かいし、こんな女の子らしい身体、俺には本当に勿体ないくらいだって、いっつも思ってるんだぞ！」
もう言葉にするのももどかしくって、俺は遠坂の身体をぎゅっと抱きしめる。
「し、士郎？」
胸の中で不安げに俺を見あげる遠坂を安心させるように、俺は口づけする。
「遠坂が誰よりも女の子らしいことは俺が保証する。
だからもう絶対に、俺のためにも、女の子らしくないなんて悩まないでくれよな、遠坂」
【エピローグ】
で、その後はどうなったかと云えば・・・
「ちょ、ちょっとヤダ！ そこにキスはやめて。明日、泳げなくなっちゃうでしょ！」
「ということはこの部分は水着で覆われてないわけだ。じゃあ、こっちは？」
「ひゃ、ひゃんっ！ この馬鹿士郎っ！ 覚えてなさいよ！」
「そんなこと云っても、どんな水着か教えてくれない遠坂が悪いんだろ？」
「云えるわけないでしょ！ 折角士郎を驚かせてやろうと思って選んだのに！」
「遠坂がその気なら、こっちにだって考えがあるぞ！」
汗だくになって、深夜過ぎまで“運動”に励むバカップルが二人。
・・・明朝は出立が早いことを二人とも忘れてやいないでしょうか？w
以下、当日譚に続く。
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