Ｆａｔｅ／ｓｔａｙ ｎｉｇｈｔ − ショート・ショート・ストーリー
『衛宮士郎と遠坂凛のバカップル日記』−子凛＆子士凛物
【平成１６年６月３日分】
《番外編−子凛物語 邂逅編》 凛ＴｒｕｅＥＤ後前提
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい
爽やかである筈の朝の陽光も、私にとっては呪いのようなものだ。
ひょっとしたら、わたしの前世って吸血鬼だったりでもするんだろうか？
明日からは鎧戸まで閉めて寝ようかな。
「・・・・・」
頭の動きが鈍くって、そんな埒もないことしか考えられない。
血が全然頭に回っていない証拠だ。
それはいつものことなんだけど、今日に限って身体が異様なほど重い。
でも“あの日”みたいに身体全体が、というわけじゃない。
なんだか、こう、陸の上で船酔いでもしているような、奇妙な感覚。
あれ？ でも・・・“あの日”ってなんだっけ？
ぼんやりと、そんなことを考えながら、わたしは身体を起こす。
「・・・・・？」
パジャマが妙にぶかぶかする。
サイズでも間違ったのかな、って袖をとりあえず何回も折る。
それからベッドから降りようとして・・・頭から床に突っこんでしまいそうになる。
「？」
下もサイズを間違えたらしく、パジャマに足が絡まってしまったみたいだ。
それに頭だけ妙に大きくなった気がして、なんだか身体のバランスがとりづらい。
上着だけでお尻とかぜんぶ隠れてしまいそうだったので、とりあえず下は脱いでしまう。
部屋をでて、台所にむかう。
板張りの廊下は素足にきもちちいい。
だけど歩くたびに、胸のあたりのちっちゃな布きれが、ぶかぶかする。
なんでこんな“いらないもの”を着けていたのか・・・自分でもよくわからない。
とりあえずうっとうしいので、紐をひっぱってそのまま廊下に捨ててしまう。
うん、すこし涼しいけれど、これでやっとすっきりした。
あれ？ こんなに遠かったかな？ って思ったころにようやく台所についた。
昨日のほうかごに買って、ちゃんと冷蔵庫の中にいれておいたはずだ。
あったあった。
牛乳はまいにち飲まないと、大きくなれないものね。
お行儀がわるいけれど、コップを用意するのがめんどうで、そのままゴクゴク飲む。
・・・あれ？ でもわたし、どこが大きくなりたかったんだっけ？
父様はおっきなひとだったし、女の子なんだからそんなに背は高くなくていいんだけど。
「!?」
わたしは物音がしたほうを振りかえる。
男の子のくせにエプロンをしてキッチンに立ってるヤツが、ぼうぜんとわたしを見てる。
・・・むっ！
女の子の顔をみてそんなにおどろくなんて、ほんとうに失礼なヤツ。
それにびっくりして牛乳を口からこぼしちゃったじゃないの！
なにか文句をいってやろうとおもって・・・わたしはこいつが誰だか考えこんでしまう。
男の子っぽくない、かわいらしい顔。
行儀悪くはねあがっている、みじかめの赤毛。
なんか、かわいいけれどきかん気の強い、子犬みたいなふんいきのヤツだ。
「？？？」
確かにわたしは“こいつ”のことをよく知っている。
でも、どうしても名前がおもいだせない。
それがとっても大事なことだって分かってるのに言葉にできなくて、自分にはらがたつ。
「ひょっとして・・・遠坂、か？」
先に赤毛がおそるおそる、ってかんじできいてくる。
あたりまえじゃないの！
わたしが遠坂凛じゃなかったら、どこのだれが遠坂凛だっていうのよ！
そういってやると、赤毛はどんな反応をしたら分からないってかんじでだまってしまう。
どうやらわたしを“てきたいし”してるってわけじゃないみたいだ。
赤毛はわたしをしばらく見てたかと思うと、突然かおをまっかにする。
その視線の先にあったのは・・・わたしのむきだしの、まっしろなふともも。
「・・・見たいの？」
「なっ!? なっ!? なっ!?」
よく分からないけれど、上着の下に手をかけてそう云ってみたら、赤毛がのけぞった。
なんだかとっても・・・おもしろいヤツみたいだ。
「ば、馬鹿っ！ 女の子がそんなことをするもんじゃない！」
あわててわたしの手をおさえようとする赤毛から、いちもくさんに逃げだす。
「とめたかったら、ここまでおいで！」
「こらっ！ 遠坂！ そんなはしたないことをするんじゃない！」
赤毛の反応がたのしくて、わたしはおもいっきり部屋をとびだした。
わたしはそのままのいきおいで、縁側を走ってにげようとおもったんだけど。
「えっ？」
気づいたときには足をすべらせたわたしのからだは縁側から庭へなげだされてた。
地面にぶつかるのがこわくて、わたしはぎゅっと目をつぶってしまう。
ドン！ というつよいしょうげきがつたわってくる。
でも・・・へんだな？ ちっとも痛くない。
「遠坂、大丈夫かっ!?」
じかにからだに伝わってくるその声でようやく気づいた。
あの赤毛が、わたしを抱きかかえるようにかばってくれたから痛くなかったんだって。
「あ、ありがとう・・・って、頭から血がでてる！ だ、だいじょうぶ!? 士郎」
「ああ、すり傷だからこれくらい全然平気だよ・・・って、遠坂!?」
とっさに口をついてでた言葉で、わたしはようやくおもいだす。
ああ、そうだ。
この赤毛の子犬のなまえは“えみや士郎”だ。
ぶきようで、とーへんぼくで、世界でいちばんの大ばかで、
だけどやさしくて、あったかくて、わたしが世界でいちばん大好きな“おとこのこ”。
あれ？ でもこいつ・・・こんなに“おおおとこ”だったっけ？
わたしは士郎の胸のなかで顔をあげて、ふしぎそうにきいてみる。
「士郎？ あなた、いつのまに・・・そんなにおっきくなったのよ？」
「なわけあるか！ それより遠坂こそ、いつの間にそんなに縮んだんだよっ!?」
【平成１６年６月２６日分】
《番外編−子凛物語 絆編》
「遠坂、これでいいのか？」
指示された通り遠坂邸から運んできた本や宝石、そして服を確認して遠坂が頷く。
「ええ、これでいいわ。ありがとう、士郎」
そう云うなり、遠坂は着ていたパジャマを脱ぎはじめ……って!?
「ちょ、ちょっと待て、遠坂！」
「？？？」
「お、女の子が人前で肌とか晒しちゃ駄目だろっ!?」
俺の剣幕に一瞬だけ身を竦ませたものの、遠坂は素直に頷き、
だけど不思議そうに「“よくじょう”するから？」とトンデモナイことを云ってくれた。
「士郎のことをおもいだせたんだから、きっとほかのこともおもいだすわよ」
白のブラウスに青のスカートをまとった、推定年齢六歳の遠坂凛が断言する。
固有名詞に関する知識は残っていても、今の遠坂はそれに伴う経験が欠損しているらしい。
辛うじて俺とのことだけは思い出してくれたけれど、その他のことはさっぱりのようだ。
その結果、肝心要の“何故遠坂が縮んだのか”ってところはまるっきり霧の中だ。
ここぞとばかり勢い込んで、遠坂の力になれることはないのか、って訊いたところ、
「魔術的な“とらぶる”だろうから、魔術的にたいしょするしかないわよ」
って、俺の申し出はあっさりと一蹴されてしまう。
こと俺の魔術の知識は、こんな小さな頃の遠坂にも劣っているってことだろう。
致し方ないのかもしれないけど、今回ばかりは自分の未熟さが歯痒くって仕方ない。
遠坂はそんな俺の内心などお構いなしに魔術書を紐解くと、あっという間にその世界に没入してしまう。
一般の人々が住む世界とは隔絶した、冷酷な理の支配するその世界へ。
そう、今こうして魔術書を閲覧する少女は“魔術師遠坂凛”以外の何者でもない。
魔術師にとっては性別も年齢も関係ない。
全ては、己の身体をただ神秘をなすための回路に置換することが出来るか否かのみだ。
もっとも分厚い魔術書の頁を、ちっちゃな手で苦労してめくる遠坂の姿は微笑ましいとも云える。
けれど、それと同時に――小さな遠坂の顔に浮かぶ、何処までも張りつめた真剣な表情。
それが俺にとってはたまらなく……。
「一人で食べられるか、遠坂？」
「一人でお風呂に入れるか、遠坂？」
俺のいずれの問いにも、遠坂は澄まし顔で「子どもじゃないんだから」と拒絶した。
結局この日は対処方法が見つからず、原因の探索は翌日へと持ち越しになっている。
今日が三連休の初日な上、藤ねぇや桜が弓道部の合宿で不在なのがせめてもの救いだ。
言葉通り、支障なく夕食も風呂も終えた遠坂は、俺の顔を暫く見ていたと思うと、
「そんなにしんぱいそうな顔をしなくてもいいわよ、士郎。
明日になれば、きっとまた何かおもいだすわよ！」
云うだけ云って遠坂は、俺の制止を振り切り、そのまま離れへと引き籠もってしまった。
「遠坂、まだ起きてるんだろ？」
「か、かってに女の子のへやに入ってくるなんて“まなーいはん”でしょう！」
ベッドに潜り込んでいた小さな遠坂は怒りを露わにするけれど、俺は構わずにその端に腰を掛ける。
布団で半分顔を隠したまま、身体を起こして睨みつけてくる遠坂の視線を、俺は優しく受け止める。
普段なら照れ臭くって遠坂の顔を見つめ続けることができないんだけど、今日ばかりはそんなわけにはいかない。
果たして、先に根負けして視線を逸らしたのは小さな遠坂の方だった。
「……なによ！ わたし、な、泣いてなんか、いないんだから！」
「じゃあ、なんで遠坂の目は真っ赤なんだ？」
できるだけ穏やかに、諭すような口調で云う。
「こ、これは………ねむくて、目をこすっちゃっただけよ！」
ごしごしと目を擦りながら、どこまでも気丈に小さな遠坂は云う。
「わたしは遠坂の家の“こうけいしゃ”で、士郎の“ししょう”なんだもの！
だから、もっともっと、がんばらなくちゃいけないんだから！
だから、だから、わたしには泣いてるひまなんて、ないんだか……!?」
「遠坂」
もうこれ以上は聞いていられなくって……俺は包み込むように遠坂の小さな身体を抱きしめる。
「……し、士郎？」
遠坂はきょとんとしたような表情を浮かべて、俺の胸の中で顔を上げる。
「ごめんな、遠坂。俺の魔術が未熟なばっかりに遠坂の力になれなくて」
「そ、そんなこと！」
それでも“魔術師遠坂凛”を崩そうとしない小さな遠坂に、
俺は精一杯の感謝と、心の底から沸いてくる愛おしさの籠もった言葉で告げる。
「頼りないとは思うけれど、魔術師としては力不足だとは思うけれど、
こんな時くらいは、遠坂にのし掛かっている重みを少しでも受け止めさせてくれよ。
だって、もう俺たち……家族だろう？」
「！」
顔を上げていた遠坂の瞳に、見る見るうちに透明な雫が溜まり始めた。
それが爆発的に溢れてしまう前に、遠坂は俺の胸の中に顔を埋めてくる。
小さな遠坂の嗚咽が安らかな寝息に変わるまで、
俺は繰り返し繰り返し、遠坂が安心できるように彼女の背中をさすってあげた。
【平成１６年６月２日分】
《あくま、士郎とともに童心にかえるのこと（嘘）》 凛Ｇｏｏｄ ＥＤ後前提
「簡潔に訊きます。
凛もシロウも・・・一体何をしていたんですか？」
「・・・す、少しだけ日常のルーティンワークに変化を与えようと思っただけよ」
「そ、そう！ 毎日のセイバーとの鍛錬も同じメニューばかりだと単調化するだろ？
それを防ぐためにも、俺と遠坂は知恵を絞ってだな」
「なるほど、確かにシロウの云うことにも一理あります。そういう事情でしたか」
「分かって貰えて、マスターとして嬉しい限りだわ」
「ええ、貴女は確かに素晴らしいマスターだ、凛。
昨晩は“かつてないほど大量の”魔力を供給して頂けたことですし・・・」
「そ、それは良かったな、セイバー。俺も頑張った甲斐があったってもんだ」
「有り難うございます、シロウ、凛 ・・・
などと云うと思っているのですか!? いったい何なのです、あなたがたの現在のその姿は!?」
「そ、それは士郎が偶々わたしの子供の頃の写真を見て
“この頃の遠坂は本当に可愛かったんだな”なんて云うから意趣返しに！」
「誰も今の遠坂が可愛くないなんて云ってないだろ!?
それにだからってホントに人の身体を縮めるヤツが何処にいるって云うんだよ!?
しかもそのまま布団の上に押し倒してくるだなんて、このあくまっ！」
「何を云ってるのよ、このけだものっ！
“遠坂ばっかりズルイぞ”って、結局わたしもこんな姿にならせておいて、散々・・・」
「そ、そんなの、遠坂が可愛すぎるからいけないんだろっ!?」
「・・・なっ!?(赤面)
だからって云って、二人とも魔力がスッカラカンになるまで続けてどうするのよ、この大馬鹿っ！
これ、魔力もなしに一体どうやって戻るのよ!?」
「そ、それを云われると・・・」
「・・・最後通牒の前に一つだけ訊きます。今日の朝食は一体どうなるのでしょうか？
今の二人の身長では“キッチンに立つことさえ”できないようですが」
お子様プレイ(←犯罪;)にどっとはらい。
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