祝ＣＤ化記念ＳＳ−声の境界
「式、仕事だ」
黄昏の差し込む事務所に入るなり、いつものように唐突に橙子が云った。
橙子の放った冊子のようなものを反射的に受け取ってから事務所内を伺う。幹也は頭を抱え、鮮花は何やら思案顔をしている。
「なんなんだ、突然！」
思い切り不愉快さを露わにして答えてやるが、橙子はどこ吹く風で「まあ、手許の台本を見て見ろ」と云う。
橙子の指示に従うのは癪だけれど、このままでは埒があかないので視線を手許に落とす。
橙子が「台本」と呼んだ冊子の表紙には『俯瞰風景』とある。
「・・・なんだ、これは？」
「ＣＤドラマの台本だ」
これ以上ないって程の、有無を云わせぬきっぱりした口調で橙子は言い切る。
「我が事務所の経営難もここに極まってな。残念ながら魔術師とはいえ、仙人のように霞を喰っては生きていけぬ。
という訳で、やむなくプライバシーの切り売りをしたというわけだ。なに、どうせ切り売りするのは専ら君たちに関する物語で、私のものじゃない」
慣れたつもりではいたけれど、この女の思考回路は私と、いや人類全体と隔絶しているとしか思えない。
「・・・なんでオレが橙子の金儲けの片棒を担がなきゃゃいけないんだ!?」
穴のあくほどじっと私の顔を見つめていた橙子は「・・・そうか、残念だ」とちっとも残念そうでない口調で云う。
「式が協力してくれないとなると、残念ながらこの企画は断らざるを得ない。
という訳で黒桐。君の今月の給料も払えそうにない。悪いがまた自主調達してくれたまえ」
「ちょ、ちょっと待って下さい！」
いきなり矛先を向けられて、どうやら悩んでいたらしい幹也が驚いて顔を上げる。
「何に対する支払いか知りませんし、知りたくもないですが、今月もウン百万って振り込みがあったじゃないですか！ アレはどうしたんですか!?」
「ああ、あれか。アレは趣味の副産物で、この事務所とは関係ない入金だ。まあ厳密に云うと黒桐にもモデル代を払うべきかも知れないが・・・。
どちらにしろそれもオークションに出ていた無銘の正宗を落とすのに全部使ってしまったがね。
アレは日本刀が最も異常発達した鎌倉後期の傑作だ。姿と波紋の美しさは云うまでもなく、この作者は極端に自己顕示欲が薄い。
そんな作者の鍛え上げた刀だけあって混じりけがない。魔術効果を無効にするのにこれほど適した刀もないぞ」
橙子は心底嬉しそうに言う。
無銘の正宗・・・確かにこればかりは私も見たいかも知れない。
しかし『黒桐にもモデル代を』云々ってのはなんのことだ？
「橙子師！」
いままで思案顔していた鮮花が本物の生徒のように、挙手し発言を求める。
「公式ＨＰに『オリジナルエピソードを追加』とあるいうことは当然私の出番も増えるんでしょうか？」
「無論、そう考えるべきだろう。本編の『俯瞰風景』だと本来はエピローグ部分でしか鮮花の出番はないしな」
「やります！」
鮮花は躊躇いを遙か彼方に棚上げして、きっぱりと言い切る。
「私の人気が上がらないのは、ひいては幹也とのラブラブＳＳがないのは、ひとえに式に較べて私の魅力をアピールする機会が少ないからに決まってます！
幹也とのラブラブＳＳを増やすためなら、胸が洗濯板という設定が加わろうと、真っ赤に染まってマイティフォームだの、妹属性を学園の後輩に全部持って行かれたって構いません！」
言い切ると、鮮花はそのまま自分一人の世界に没入してしまう。
・・・ああ、コイツも橙子に染められて遂に壊れたか。
この分だと、吸血生物チュパカブラ扱いされても出番が増える方を選ぶかも知れない。嫌いじゃないヤツだったのに。
ともあれ、改めてよーく分かった。こんな物騒なところに幹也をいつまでも置いておくわけにはいかない。
妹の壊れっぷりに涙する幹也の首根っこを掴まえて、この悪魔の棲む館を出ようとする。
「待て、式。君一人さえ我慢すれば我が事務所の財政は潤い、鮮花は出番が増え、黒桐は君のヒモのような生活から脱却できるんだ。何故こんな単純なことを理解してくれない？」
「理解できるかっ!?」
反射的に怒鳴り返してから、橙子の言い分に引っかかるモノを感じて問い返す。
「・・・ちょっと待て。幹也がオレのヒモってどういうことだ!?」
「・・・ゴメン、式。いまちょっとだけ秋隆さんからお金を借りていて・・・」
「なんで!?」
おずおず云う幹也の鼻先で、私は思い切り怒鳴る。
「入院しているときに貯金を使い果たしちゃったんだ。うちの事務所に健康保険なんて上等なものはないんで、高い国民健康保険を使うしかなかったからね。
丁度そんなときにお見舞いに来た秋隆さんが『お嬢様を救って頂き有り難うございました。今後も末永くお嬢様をどうか宜しくお願いします』って入院費用分のお金の入った封筒を差し出してきたんだ」
幹也はしどろもどろになりながら応える。
「勿論そんなもの受け取る訳にはいかないから断ったんだけれど『それではお貸しすると云うことで』って云われちゃって、背に腹は変えられず・・・。
あ、でも今度の給料が出たら少しでも返そうって・・・」
流石は秋隆だ。お互いに顔見知りなっているのは知っていたけれど、まさか幹也の経済状態まで完全に把握しているとは・・・って感心している場合じゃない！
「橙子！ 結局オマエがまともに給料を払わないのが悪いんじゃないか!?」
「それは確かに否定しないが、更に元を正せば、と少しは己を省みるべきだろう、式？」
「・・・・・・」
痛いところをつかれて私は言葉に窮する。
いずれにせよ、橙子がこうと決めたら、絶対に状況が覆るわけもないのだ。
私は一つ息を大きく吐き出すと同時に、諦めの言葉を紡ぐ。
「・・・で、オレに選択の余地はないわけだ」
「そうでもない」
眼鏡を外した橙子は思い切り邪悪な笑顔を浮かべた。
私の前に別の台本を数冊放り出す。
タイトルを一瞥するけれど・・・よく分からない。
ただそれが・・・邪悪この上ないシロモノだということだけは理解できた。
「なかなか面白そうだろう？ 私は専門外だが、専門家の話だと最近はこの手のものの方がより需要があるという話だ。
どうだ？ 君がどうしても、というならこちらの台本に変えてもいいが？」
「・・・・・・」
私は無言でナイフを振るい、その台本−−「少女革命シキ」「ちっちゃな雪使いシキ」「シキの碁」「両儀式の怪奇事件簿」等々−−を殺し尽くす。
そのまま踵を返そうとする私の背に、橙子の脳天気なほど明るい言葉が突き刺さる。「ちゃんと台詞の練習しとけよー、式」
事務所の立て付けの悪いドアを思いきり乱暴に閉じながら、私は改めて誓った。
私自身が悔い改める前に、やっぱり幹也の更正のためにはこの女をどうにかすべきだ、と。
というワケで、突発ＳＳなので全然オチませんでした(^^;。とりあえず祝の気持ちだけで(笑)。
個人的にキャスト中、最大の驚き＆最大の喜びは橙子役の井上喜久子さん。難しい役所をどうやって演じてくれるか、楽しみです(^^)。
というワケで、今後の自分のＳＳ上の橙子さんは必然的に喜久子さんverになりそうな予感(笑)。
なお管理人的には、秋巳さんが上田さんですから、白純里緒は是非とも三木眞一郎さんプッシュ！あの狂気ぶりに三木さんは絶対に上手くハマりますから。
このページの表、実際は三木さんのＨＰだったりするんで(^^;。ただ・・・一見すると、三木さんをオモチャにして遊んでいるだけに見えたりしたりしなかったり(笑)。
もっとも三木さん、たとえ実際に出番があったとしてもアルバかなぁ。橙子さんが喜久子さんだから、喜久子さんに絶対的に頭が上がらない三木さん的には、そのまんまだしぃ(謎笑)。←この辺の裏話はいずれＳＳで書く予定(^^)。
もっとも三木さん、ホントは得度してお坊さんになっている筈だったから（←外見から想像できませんがホントの話(^^;）、荒耶でも良かったんですけれど(笑)。
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